映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』マイケル・ムーアが銃乱射事件の背景に迫ります!!
この映画『ボウリング・フォー・コロンバイン(Bowling for Columbine)』は、1999年4月20日に発生したコロンバイン高校銃乱射事件に題材を取った、マイケル・ムーア監督が2002年に制作したアメリカのドキュメンタリー映画です。
目次
1.紹介
本作は主にコロンバイン高校銃乱射事件の被害者、犯人が心酔していた歌手のマリリン・マンソンや全米ライフル協会(NRA)会長(当時)のチャールトン・ヘストン、『サウスパーク』の制作者マット・ストーン、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の関係者、フリント小学校の銃撃事件の関係者、コロンバイン市民らへのインタビューなどを中心に構成されています。
題名の『ボウリング・フォー・コロンバイン』には二つの意味があって
①「犯人たちがマリリン・マンソンの影響を受けた」として保守派メディアからマンソンが批判されたにもかかわらず、犯行の直前までプレイしていたボウリングの悪影響が論じられないのはおかしいという皮肉。なお、マンソンの影響は、後に否定されています。
②ボウリングのピンは、人間と形が似ているので、銃の射撃練習に使われるということ。
2.内容
1)プロローグ
1999年の4月20日の朝。多くの人にとっては普通の日々でした。農家は農場に、牛乳店は配達に出かけ、大統領は名前も不確かなどこかの国を爆撃します。
ノース・ダコタ州で暮らす男性も日課の散歩に出かけようとし、ミシガン州では、教師が生徒を出迎え、コロラド州の小さな町では少年が二人、ボウリングを始めていました。いつもとなんら変わらない平凡なアメリカ合衆国の朝でした。
2)口座開設の特典
マイケルは、ノース・カントリー銀行の窓口で口座開設の手続きをしようとしています。彼の目的は口座開設の特典です。ノース・カントリー銀行で口座を開くと、銃が付いてくるのです。銀行の地下には引き替え用のライフルが500挺以上も保管されていました。
かつて、子供が遊ぶ玩具の銃は弾こそ打てなかったものの、色合いや質感、発砲音に至るまで、リアルを追及していました。マイケルが手に入れたのもそういう銃だった。子供だった彼は買ってもらった銃の玩具を撃ってまわった。十代で全米ライフル協会の優秀賞を受賞しました。
3)ミシガンの銃愛好家
マイケルが生まれたミシガンには銃愛好家ばかりが住んでいました。猟師が自分の犬に担がせた銃で撃たれ、床屋には整髪料と銃弾が同じ棚に並んでいます。町の近くの民兵訓練場では州兵が受講者に銃の扱いを指導していました。
自衛や猟の準備のための訓練ですが、そこの卒業生の二人がオクラホマ州の連邦政府ビルを爆破し、168人を殺しました。しかし、市民軍は自分たちが彼らと無関係であることを強調し、武装は国民の責任だと述べています。
マイケルはコロンバイン銃乱射事件の犯人の同級生たちに話を聞きます。誰もが驚きを隠せないと言う反面、彼らの生活には銃によるトラブルが絶えず付きまとっていました。
ミシガンの人々は、一様に武装するのは国民の権利だと言い、世の中は危険で、大人たちは子供に銃の扱いを教え、テレビコマーシャルが発砲を気軽なことのように見せかけました。
例えどれだけ銃による犠牲者が現れても、報道カメラの前で命を落とす人々を目の当たりにしても、彼らは銃が自分の生活を守ってくれると信じて疑いません。
4)事件の環境
南デンバーの町、リトルトン。かつては保養地として売り込まれていたそこは、泥棒や強姦魔の蔓延る土地になっていました。中流家庭の家の玄関はフェンスのついた二重扉で、地下には避難部屋が設置されています。町の状況を説明してくれたガードセキュリティの職員はコロンバインと聞いて、当時の殺戮のことを思い出し、感極ました。
南デンバーとリトルトンの空軍士官学校にはB-52爆撃機が、誇らしげな解説文と共に展示されています。町の外はロッキー・フランツで、世界最大の核兵器工場があり、現在は放射性物質の廃棄場になっています。
近隣に存在する空軍施設にはミサイルが点在しており、ロッキード社によって、そこから弾頭を積んだミサイルが運び出され、町の中を通り、デンバーの反対側の空軍基地に届けられます。アメリカで製造されたミサイルは爆撃機に搭載され、敵性国に落とされ、兵士や民間人を問わず殺していきます。
1999年4月20日。アメリカはコソボに爆撃をしかけました。ミサイルは村の居住区に落とされ、大勢の村人が亡くなりました。大統領は記者会見で標的はセルビアの弾圧機関であったことを述べ、民間人の被害は最小限だったと説明しました。しかし、標的リストには病院や小学校も載っていました。
その1時間後、コロンバインの高校で銃の乱射事件が起きます。コソボの村人には無関心だった大統領は、コロンバインの住民に哀悼の意を述べました。
5)事件の影響
12人の生徒と1人の教師が殺され、900発もの弾が発射されて、負傷者は数十人にもなりました。凶器の銃は鉄砲店や展示会で合法的に入手されたもので、弾の多くはKマートで購入されたものでした。最後に犯人は自分たちを撃って騒動を終わらせました。
喪中の町の嘆願に反して、ライフル協会は「我々は銃を手放さない」と宣言する。市長は協会の会員に対して訪問を拒んだが、ライフル協会はデンバーで銃擁護の集会を行いました。会場の外では銃反対のデモが行われていました。
銃乱射事件以降、アメリカの学校は最悪の状況に陥りました。非行対策と称し、荷物検査を徹底し、暴力行為に繋がると予見されたすべての生徒を停学や退学処分に追い込みました。爪切りを持ち込んだ生徒や、フライドチキンを銃に見立てた人や髪の色を青く染めただけで停学処分を下された者までいます。
金属探知機の会社は取引先に所持品の検査を精密に行うことで安全を確保できると訴えました。子供は今では小さなモンスターと揶揄されます。なぜそうなってしまったのか。専門家はヘビメタ的サブカルチャーや、両親の教育、暴力映画、テレビゲームといったものの影響を示唆します。
そして、専門家の批難はミュージシャンのマリリン・マンソンに集中していきます。大統領のせいで、コソボで大量虐殺が行われたとは誰も言いません。しかし、CDやライブで自己主張をするマンソンは世間にしてみれば恐怖の象徴でした。
テレビは洪水や殺人事件、性犯罪といった報道で視聴者に恐怖を植え付け、画面を突如切り替えて、コマーシャルを放送します。恐怖から逃れたい視聴者はテレビに映る商品に縋ろうとします。恐怖と消費の一大キャンペーンがアメリカの経済市場を支え、それが根本的な原因だとマンソンはインタビューで語りました。
怒りや暴力、恐怖は視聴率を稼げるとテレビ関係者は語りました。しかし、平和的で進歩的な番組は誰も見ない。自分にはそういうものを作る力がないとテレビ関係者は責任逃れをしました。
6)カナダとの違い
マイケルはアメリカと国境を接するカナダに向かいます。カナダはアメリカと同じように暴力的な映画やゲームが流通し、アメリカ以上に失業者が多いのですが、カナダのどの町も、デトロイトと面している街でさえ、銃による殺人は3年に1人未満です。人種の割合も然したる違いはありません。国土が広く、元々狩猟が盛んだったため、アメリカ以上に銃が流通しています。
カナダの人たちは家に鍵をかけません。カナダ人の一人はアメリカ人が近所の人を恐れていると語ります。家に鍵をかければ、他人を締め出せるとアメリカ人は考え、カナダ人は相手を拒まないんだと続けました。
マイケルはカナダの報道番組を観て、カナダ人が寛容な理由を悟ります。カナダの報道は視聴者に犯罪の原因を説明し、平和を訴え、視聴者に恐怖を植え付けようとする報道は全く見ないのでした。その姿勢はマスコミに限らず、政治家も社会的弱者を救うことに励んでいました。
7)エピローグ
同時多発テロがアメリカを恐怖のどん底に陥れ、アメリカは軽装のテロリストを相手に過剰な戦闘機と爆薬を購入しました。ブッシュ政権下では貧困者を救うことは二の次で、敵を滅ぼすことに躍起になっています。テロ以前も以後も、怒りや恐怖で不安定な者の傍に銃を置くべきではないとマイケルは警告します。
3.四方山話
1)由来を求めて
清教徒のアメリカ大陸移住から現在までの銃社会の歴史検証や、アメリカの隣国で隠れた銃器大国のカナダ、日本、イギリスなどの他の先進国との比較や現地の国民のインタビューから、事件の背景と銃社会アメリカのいびつで異常な姿をあぶり出してゆきました。
2)アンチ銃規制
本作では銃規制を訴えてはいますが、カナダはアメリカ以上に銃の普及率が高いのに、銃犯罪の発生率が低いのはなぜなのかという今まであまり疑問を待たれずにいた謎についても、ある程度核心に迫る探求を試みます。
アメリカ建国の経緯に大きくまつわる先住民族インディアンの迫害や黒人奴隷強制使役以来、アメリカ国民の大勢を占める白人が彼らからの復讐を未来永劫恐れ続ける一種の狂気の連鎖が銃社会容認の根源にあるという解釈を導き出しました。
3)メディアの影響
更に本作ではそうしたアメリカ国民の恐怖や不安、さらに特定の人種への偏見・憎悪を、TVメディアが番組を通して掻き立てている可能性についても指摘しています。
4)ムーアの成果
作品中でムーアは、事件の被害者を伴ってアメリカ第2の大手スーパーマーケット・チェーンストアであるKmartの本社を訪れ、交渉の末全ての店舗で銃弾の販売をやめさせることに成功しました。
5)評価
制作費はわずか400万ドルに過ぎなかったのですが、公開以来全世界で4,000万ドルの興行収入を上げ、世界各国のドキュメンタリー作品の興行成績を塗り替えました。
劇場公開時、米国内では「強引な撮影手法には眉をひそめる人も多いでしょうが、アメリカ文化に対する洞察は鋭く、政治的立場を問わずその主張には耳を傾けざるをえない」といった論評が行われました。
アメリカを中心に各国ではきわめて高い評価を受けていて、2003年にはフランスのセザール賞(最優秀外国映画賞)、アメリカのアカデミー賞(長編ドキュメンタリー映画賞)を受賞したほか、カンヌ映画祭においても55周年を記念した特別賞を授与されています。
4.まとめ
マイケル・ムーアは、その体格や風貌も計算に入れた巧みな突撃取材を展開して、おとぼけのなかに鋭い視点を散りばめ、銃社会に迫ります。
デモや爆弾の代わりに、カメラとギャグを使う「お笑いゲリラ」です。「客観的報道」が身上の「社会派ドキュメンタリー作家」などでは決してありません。