凸凹玉手箱

A Post-Baiby Boomer

映画『シックスセンス』初見でもネタバレでも楽しめる映画です!!

この映画『シックス・センス(The Sixth Sense) 』 は、1999年のアメリカのサスペンス・ホラー映画です。

この作品の成功によって、M・ナイト・シャマランは一流監督と見なされるようになり、また、ハーレイ・ジョエル・オスメントも天才子役という評価を決定付けました。

ホラー系の映画には縁の薄いアカデミー賞でも、作品賞、監督賞、脚本賞助演男優賞助演女優賞にノミネートされました。

目次

 

 

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1.前置き

冒頭において、「この映画にはある秘密があります。まだ映画を見ていない人には、決して話さないで下さい」というブルース・ウィリスからの前置きが話題となり、本編もそれを裏切ることのない衝撃を含む内容で、大ヒットしました。

 

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2.ストーリー

1)発端

舞台はアメリカ、フィラデルフィア南部です。児童心理学者マルコム・クロウ(ブルース・ウィリス)は、心に傷を負った子ども達をケアしてきた彼の仕事が認められ、市民栄誉賞を受け、妻アンナ(オリヴィア・ウィリアムズ)と共に祝杯をあげていました。しかし幸せな夜を過ごすクロウ夫妻の家に不審な男が侵入しました。男の正体は、ヴィンセント・グレイ(ドニー・ウォルバーグ)といって、10年前マルコムの患者でした。「俺を治せなかった」と絶叫するヴィンセントはマルコムの腹部を銃撃し、直後に自殺しました。

 

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2)出会い

その翌年の秋、マルコムは新しい患者、コール・シアー(ハーレイ・ジョエル・オスメント)を受け持つことになりました。両親が離婚して情緒不安定に陥っている少年です。家を出てすぐに教会へ逃げ込んだコールに、マルコムは穏やかに語りかけます。2人はまた会う約束をして別れました。


3)母子の苦悩

コールの母親リン・シアー(トニ・コレット)は、息子の奇行や心を閉ざす理由が分からず、疲労を感じていました。コールは学校においても孤立し化け物呼ばわりされています。コールが学校から帰ってくると、マルコムが家を訪ねていました。マルコムはコールが誰にも言えない秘密を抱えていることを看破します。しかしコールは「先生には僕を救えない」と言ってその場を去りました。

 

4)マルコムの苦悩

コールに信用しては貰えないマルコムは家庭内にも問題を抱えていました。ヴィンセントの事件以来に、アンナが全く会話してくれなくなったのです。そこでマルコムは何とか関係の修復を図りますが上手くいきません。しかもアンナと親しくしている若い男の存在をも知ってしまい、苦悩が続いていました。

 

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5)コールの危難

ある日、コールはクラスメイトの誕生日パーティーに親子で招待されます。その家ではコールは不気味な男の声がする戸棚を発見しました。クラスメイトの悪戯でその戸棚に閉じ込められたコールは、絶叫して暴れました。騒ぎを聞きつけたリンが戸棚を開けると、彼はぐったりとして気絶していました。病院に駆け込んだリンには虐待の疑いをかけられてしまいます。


6)お互いの秘密

病室にやって来たマルコムに、コールは「なぜ先生は悲しいの」と問いかけました。仕事のことや、ヴィンセントの事件、そしてアンナとの関係。自分のことを語ったマルコムは、コールを助けると決意したことも話しました。マルコムの真摯な態度にコールはついに自らの秘密を打ち明けました。「死んだ人が見えるんだ」とコールは口にします。彼らはどこにでもいて、自分が死んだことに気付いていないようなのだと言います。コールの話を信じられないマルコムは、学齢期における精神分裂症だと判断して、自分の手には余ると考えるのでした。

 

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7)転機

マルコムは相変わらずアンナに無視され続け、しかも彼女が例の若い男と愛を育んでいると知り苛立ちました。アンナとの関係修復を優先させるためコールのケアを中止しようとするのですが、「あの話を信じて。僕を救ってほしい」と懇願され結局仕事を続けることになりました。マルコムはコールの力で霊の声を聞きいて、彼らを救うことを提案します。その夜、コールの元に吐瀉物に塗れた少女キラ(ミーシャ・バートン)の霊が現れます。コールは恐る恐る彼女の話を聞き始めました。


8)キラの願い

翌日、コールとマルコムはキラが住んでいた町へ向かいます。ちょうどキラの葬儀が行われていました。彼女の家では大勢の人が彼女の早過ぎる死を悼んでいます。キラは病気で亡くなって、更に妹も同じ病気だと参列者が囁いていました。

 

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コール達はこっそり2階に上がりキラの部屋へ入ります。ベッドの下から突然腕を伸ばしたキラは、コールに箱を託しました。コールは悲しみのどん底にいたキラの父親にその箱を渡しました。中にはビデオテープが入っていて、再生してみると、そこにはキラの食事に床洗剤を混入させる母親の姿が映っていたのでした。


9)真実の告白

キラの願いを叶えたコールは霊と会話するようになって、次第に明るくなっていきます。劇でアーサー王を演じる彼の生き生きした姿にマルコムは笑顔で見守ります。劇が終わった後、コールは「奥さんと話す方法を教えるよ。眠ってる時に話すんだ」とアドバイスします。マルコムもリンと話し合うようコールに勧めて、2人は別れました。

 

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帰り道、コールはリンの運転する車で秘密を打ち明け、祖母(リンの母親)の霊にも会ったと話しました。リンと祖母しか知らないはずの昔の喧嘩話やダンス会のこと、リンがいつも墓で同じ質問をしていること。そして質問への答えは「もちろんよ」と祖母の言葉を伝えると、リンは泣き出しました。どんな質問をしていたのかを問うコールに、リンは「私を愛してくれてた?」と答え、2人は泣きながら抱き合うのでした。


10)衝撃の終末

一方帰宅したマルコムは椅子で眠っているアンナに話しかけました。するとアンナは「なぜ私を置き去りに…」と悲しそうに返事をします。その時、マルコムはようやく自分が死者だと気付きました。マルコムはヴィンセントに撃たれた時既に死亡していたのです。死を受け入れたマルコムはアンナに別れを告げました。彼が目を閉じると光が溢れ、この映画は終わりを迎えます。

 

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3.トリック

本作が優れている理由は色々ありますが、一つはメインのどんでん返しに映像化が極めて難しい「叙述トリック」が使われている点でしょう。「叙述トリック」とは、簡単に言えば推理小説等において作者が読者を騙すために仕掛けるトリックのことです。

推理小説の作者が読者に対して仕掛けるトリックは、劇中のキャラクター達が知っている事実を読者だけが知らない、または、気付かない状況になっている事が最大の特徴となっています。

読者は書かれている文章を注意深く読むのですが、どうしても先入観や固定概念で物事を判断する傾向があるため、そこに隙が生まれ肝心な部分を誤認してしまう。その結果、思いもよらない真実をつきつけられて驚くわけです。

では、なぜ映像化が難しいのかと言うと、小説の場合は読者に知られたくない事実を意図的に書かないことで情報をコントロールできますが、映画でそれをやったら不自然に見えてしまうからなのです。

 

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4.設定

つまり、全てを読者の想像にゆだねる小説とは異なり、映画は全ての情報が”映像”や”音声”によって観客に伝わってしまうため、ミスリードさせることが極めて困難だからなのです。実際に、叙述トリックを扱った小説は「映像化不可能!」などとアピールされることが多いのです。しかし、『シックス・センス』においてはこの問題をクリアーするために、以下のような独自のルールを設定しました。

①死者には自分が見たいものだけが見える
②死者はお互いには見えない
③死者は自分が死んでいる事に気付いていない

このルールを導入することによって可能になったのが「視点の任意変更」です。通常の映画では視点は常に一つしかなく、途中で変わることはまずありませんが、本作には大きく分けて3つの視点が存在するのです。


5.三つの視点

1)普通の人の視点

これはコールのお母さんや学校の先生などが見ている普通の風景であって、当然ながら霊の姿などは見えません。しかしながら、何か不気味な現象が起こっているのに”それが何なのか分からない”という恐怖を表現しています。


2)コールの視点

そして二つ目はコールの視点。この場合、普通の風景に当たり前のように死者の姿が映り込んでいます。しかし、映画を観ている観客にとっては人間と死者の区別が付かないため、マルコムを生きている人、と誤認してしまうのです。

例えば、コールが学校から帰ってきた時にマルコムとコールの母親が向かい合って座っているシーンです。普通に見れば二人が会話をしているように思いますが、本当はお母さんが一人で座っているだけで、そこにマルコムは存在しないのです。上手く両方の解釈ができるように、家具や人物を絶妙な位置に配置して観客をミスリードしています。


3)マルコムの視点

この場合、ほぼ通常の風景が映っていますが①の「死者は自分が見たいものだけが見える」のルールに従い、「見たくないものは見えない状態」になっているのです。

つまり、マルコムの視点を通して映画を観ている観客にとっては、マルコム同様に”ドアの前にある机”や自分の腹に残っている”銃弾の痕”が見えないのですよ。

劇中、マルコムが地下室のドアをガチャガチャと動かしてカギを探そうとしたシーンが何度も出てきます。ところが、実際にカギを開けて部屋に入るシーンは一度も出てきませんでした。なんとならばドアにはカギなどかかっていないからです。このシーンに限らず、映画全般においてマルコムがドアを開ける場面は一切描かれていません。

 

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彼は幽霊なのでドアを開けずに部屋を出入りしていますが、それを描くと正体がバレてしまうため、わざと肝心な場面を見せていないのです。この辺が映像の不利を逆手に取って、逆に実態のように信じ込ませてしまいます。

また、レストランで奥さんと会話をするシーンで、マルコムは普通に喋っているつもりであっても、奥さんや他のお客には彼の姿が見えていません。注意深くこの場面を観察すると、マルコムは椅子を動かすことなく席に座り、奥さんは彼と一度も視線を合わせていないことがわかります。当たり前、そこには誰も存在しないのですから。

 

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しかし、マルコムの視点で映像を見ている観客には、怒った奥さんがマルコムのことをわざと無視しているように見えてしまうわけです。「よい結婚記念日を」という捨てゼリフ(実は独り言)や、伝票を取るタイミングなど全てが完璧に計算し尽くされ、まさに見事としか言いようがない名シーンに仕上がっており、しかもこれを全部ワンカットで撮影しているのだから凄すぎます。


4.視点のコントロール

映画では、これら三つの視点をシーン毎に切り替え、観客に伝わる情報を巧みにコントロールしているのです。

今まで叙述トリックはその特異性から「文章でなければ成立しない」と言われていましたが、本作は、独自の設定を利用して「見せたいものだけを観客に見せる」というテクニックを駆使することにより、難題をクリアーしてしまいました。

そして観客は見事に騙されてしまったわけです。


5.こだわりの赤

もう一つの重要なルールが「赤い色」なのです。この映画では様々なシーンで赤い色の物が出てきますが、それらは「霊界との接点」を意味しています。

赤いドアノブ、赤いテント、赤い風船、赤いドレスなど、死者との関連性を表す場面では必ず赤い色が使われており、こういうところにも製作者のこだわりが感じられました。

 

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普通、洋の東西を問わず、葬儀の後で死者の母親が真っ赤なドレスを着るということはあり得ませんのですが。


6.相互補完

本作のストーリーは、「担当していた患者が死んで後悔の念に苛まれている小児精神科医」、「幽霊が見える特殊能力のために心を閉ざしてしまった少年」、「自分の子供の身を案じて悩む母親」など、それぞれが抱える苦悩に対して、マルコムはコールを、そしてコールはマルコムを救うために互いが互いを導き合うという相互補完の構造になっています。

自分の能力を忌み嫌っていたコールは、マルコムと出会うことで「自身が果たすべき真の役割」を悟り、マルコムもまた少年の成長と共に「心残り」が解消され、真実を受け入れることができました。そしてコールの母親も「息子の告白」が事実であることを確信し、親子のコミュニケーションが回復するのでした。

 

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7.まとめ

コール少年の成長物語を軸として、患者と医師、母と子供、夫と妻、教師と生徒などの、複数の人間関係を綺麗に昇華させ、感動的なラストへと見事に着地させた点が「ホラー映画なのに泣ける!」と評されたゆえんなのでしょう。