凸凹玉手箱

A Post-Baiby Boomer

映画『デンジャラス・ラン』「お前は悪魔と逃げている」なのだそうです!!

 

デンゼル・ワシントン主演、ダニエル・エスピノーサ監督で、2012年制作のアメリカ合衆国南アフリカ共和国合作のサスペンス・アクション映画です。

 

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邦題は『デンジャラス・ラン』ですが、原題は『セーフハウス(Safe House)』です。
CIAの中にあるという「セーフハウス」とは、CIAの全世界に張りめぐらされている諜報網で工作員たちがどこで活動するについても、必要なのは活動の拠点と、万が一の場合の隠れ家です。活動の拠点は任務に応じて設定すればいいのですが、逃げ隠れする必要が生じた時は「CIA工作員様ご用達」の隠れ家が不可欠となってきます。それが世界中に張りめぐらされている「セーフハウス」です。

 

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『ボーン』シリーズのジェイソン・ボーンのように全世界を股にかけて派手な活躍をするのがCIA工作員なら、このセーフハウスの管理人も同じCIA職員です。もっとも、前者は命も危険にさらす華やかなエージェントだから給料も高いでしょうが、セーフハウスの管理人はいわばマンションの管理人と同じだから安月給であるうえ、そこに配置されているのは出来の悪い人材かポット出の新人職員が当てられる。本作導入部に登場するマット・ウェストン(ライアン・レイノルズ)を見ていると「なるほど、そのとおり」と思えてきます。

そして、長年勤めたCIAという組織のウソと裏切りそして権力欲の世界に嫌気がさしてかどうか不明ですが、今は国家機密の密売者になり果て、金の亡者のごとく情報の対価を釣り上げる元CIA工作員トビン・フロスト(デンゼル・ワシントン)もまた、若いころにリオデジャネイロのセーフハウスの管理人であったことをつげています。

 

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本作をあえて『デンジャラス・ラン』という邦題にしたのは、「悪に染まった伝説のCIA工作員と運命を共にする、あまりに危険な32時間の逃避行!」というテーマを全面に押し出し強調するためかも知れません。

そして本作にはそのためのいろいろな工夫ありなのですが、たとえば冒頭英国のMI6の諜報員アレック・ウェイド(リーアム・カニンガム)との間で鮮やかな「裏取引」を成立させて「ファイル」と呼ばれるメモリーチップを入手した百戦錬磨のフロストがバルガス(ファレス・ファレス)率いる傭兵たちに追いつめられた挙げ句あっけなくアメリカ領事館に逃げ込んでしまいます。

ジェイソン・ボーンならこれぐらいの危機は鮮やかに切り抜けそうですが、フロストだって自ら領事館に逃げ込んだウラには何か秘策があるはずと思いきや、単にCIA本部からも追われることになってしまいます。

また「デンジャラス・ラン」が本格的に始まったは、マットのセーフハウスにフロストを尋問するために送り込まれてきたCIAアフリカ支局長キャサリン・リンクレーター(ヴェラ・ファーミガ)が派遣した尋問班がいきなりバルガスたちの急襲によって全滅し、マットがフロストを連れて逃げ出したところからです。

しかし、手錠をかけただけのフロストの身柄を確保して、次の隠れ家まで逃走するというのは至難のワザ。そんなことがセーフハウスの管理人の仕事しか与えられていなかったマットにできるはずがないのは当然です。案の定、サッカー観戦の群衆がひしめくスタジアムの前で、フロストが強かにも「俺は誘拐された。助けてくれ!」とわめき始めると大混乱になり、結局マットはフロストを見失うことになり先行きは混沌としてきます。

 

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このように、フロストは駆け出しのCIA職員マットに、悪の頭脳で翻弄すべく内部情報をリークしている者がいるとフロストは仄めかします。「よくやった。後はまかしておけ」という奴は裏切り者だとフロストは言い、そしてその裏切り者は最後でこの台詞を吐き誰が黒幕となっていたかが明らかになってきます。

新米のCIA職員が出世欲に駆り立てられながらもフロストを通じてCIAという組織の全貌が見えて来て、彼を青二才から老獪な熟練者に育っていく過程がこの映画の見所でもあります。正義という規範に束縛されずに、自身の生存本能のみで行動する。それは悪魔的であり、人間を導く義務を忘れた神のようですらあります。新米のCIA職員を翻弄し試すのはさながらメフィストフェレスのようにみえます。

 

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物語の設定は一見、『トレーニングデイ』にあった悪徳警官と新米警官の関係を類似しているよう見えますがが、『トレーニングデイ』は正義をめぐって新旧の警官が対立するのに対し、『デンジャラス・ラン』はもはや正義不在の諜報の世界において「悪」の烙印を押された裏切り者の元CIA工作員のフロストの行動を追いつつ彼を再評価してゆくところが異なっています。

冷酷無比な未知なる追っ手に隠れ家を転々としながら身の危険を感じながらも連行するフロストのほうがより危険という、前門の虎後門の狼というべき切羽詰まった展開がスリリングなで目が離せません。立身出世を望む若いCIA職員と諜報の世界の裏を知り尽くした元CIA工作員の駆け引きが物語を牽引していくのですが、隠れ家を転々としつつフロストの奸計に嵌まりながらもそれをまた出し抜く若手CIA職員マットとの頭脳戦が面白くなってきます。

 

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CIAのエージェントが恋人や妻にもその身分を明かせないことは当たり前で、マットがフランス人医療研修医である恋人のアナ・モロー(ノラ・アルネゼデール)に対して「自分はNGOで働いている」とウソをつけるのも今のうち。マットが願うようにいったんCIA工作員として重大な任務につけば、恋人との自由な時間が制約されるのは当然となります。本作はそんなセーフハウスで働く、今は出来が悪いが将来はきっと伸びそうな若者マット(ライアン・レイノルズ)をフロスト(デンゼル・ワシントン)の引き立て役にすえたところがミソとなっています。

 

こんな風に本作のテーマを設定すれば、『デンジャラス・ラン』と直接的でもわかったようなわからないような邦題にせず、原題の『セーフハウス(Safe House)』のままの方が間接的でシチュエーションを指していてよかったのかも知れませんね。