凸凹玉手箱

A Post-Baiby Boomer

映画『レナードの朝』これぞ名優二人が織りなすヒューマンドラマです!

 

この映画『レナードの朝(Awakenings)』は、1973年に発表された医師・オリバー・サックス著作の医療ノンフィクションを基にした映画作品で、米国のペニー・マーシャル監督によって、内容を再構成したフィクションという形で主演ロバート・デ・ニーロ、共演ロビン・ウィリアムズにより、1990年に映画化、公開されました。

目次

 

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1.紹介

実話である原作では20名の患者全てに対する記述が行われていますが、本作は原作に基づくフィクションであり、レナードに対する描写が主となっています。患者が示す症状は必ずしも科学的に正確ではありません。

ペニー・マーシャルの、女性らしい繊細な映像感覚は、非協力的な病院側医師達と、それに対抗するような主人公医師を含む現場チームとの駆け引き、目覚めた患者の親子愛や恋心などを、主演2人の熱演を生かしつつ描写しています。

第63回アカデミー賞において作品賞、ロバート・デ・ニーロの主演男優賞、脚色賞の3部門でノミネートされました。


2.ストーリー

1)プロローグ

1969年のブロンクスで、慢性神経病患者専門のベインブリッジ病院に赴任したマルコム・セイヤー(ロビン・ウィリアムズ)は、研究者のつもりでいたのですが、病院側の人手不足と、本人の仕事欲しさで仕方なく医師として働くことになります。

精神に異常をきたした患者に囲まれ、セイヤーは気が滅入ってしまううですが、ある日、セイヤーは、自分の意志を全く示そうとしない患者のルーシー(アリス・ドラモンド)が、投げたものを物を受け止め、患者たちに反射神経が残っていることに気付きました。

 

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2)治療のヒント

そのことを、医師のカウフマン(ジョン・ハード)らに報告するのですが、彼らは、それを反射行動だと決めつけて、セイヤーの意見を聞き流します。

しかし、看護師のエレノア・コステロ(ジュリー・カヴナー)は、セイヤーに同調して協力を申し出ました。

患者達に興味を抱き始めたセイヤーは、彼らが1920年代に流行した、嗜眠性脳炎を患っていることに気づき、後遺症研究の権威ピーター・インガム博士(マックス・フォン・シドー)の元を訪ねます。

インガム博士は、患者の脳は機能を失ってしまったという、絶望的な答えをセイヤーに言いました。

諦めないセイヤーは床に模様を描いて、患者の視覚を刺激させることを思いつき、ルーシーを立ち止まらずに目標に到達させることに成功します。

その後に、セイヤーは、以前から気になっていた患者のレナード・ロウ(ロバート・デ・ニーロ)の母親(ルース・ネルソン)を訪ね、彼の生い立ちを聞きました。

 

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集中的にレナードの診察を始めたセイヤーは、彼が名前を呼ばれたことに反応したことに気づきます。

そしてセイヤーは、精力的に患者達に刺激を与える治療を行うことにより、各患者が、音楽や何かのきっかけでそれに反応しようとすることが解ってきました。

レナードは、セイヤーの手助けによって「RILKE PANTHER」という文字を綴り、それがオーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケの詩を意味していることにセイヤーは気づきます。


3)レナードの目覚め

パーキンソン病向けの新薬L-ドーパを、患者に試すことを考えたセイヤーは、カウフマンに相談して、家族の同意書を取るのを条件にそれを許可されました。

ロウ夫人から、レナードへのL-ドーパの投与の承諾を得たセイヤーは、様々な飲み物や薬の量を調整して反応を見ます。

レナードに付き添い、夜を徹して彼の様子を観察していたセイヤーは、彼がベッドからいなくなったのに気づきました。

慌ててレナードを捜すセイヤーは、彼が自力で歩行して言葉を発し、「レナード」と自分の名前を綴った事実を確認します。

完全に意志が戻ったレナードは、母親と対面し、エレノアや看護師達に挨拶しました。

息子を取り戻した母親の喜びや、周囲の人々の驚きに応えるレナードでしたが、30年間の空白の時間に気づき動揺も見せるのでした。

それでもレナードは、平凡な日常生活を満喫し、セイヤーと外出もして、彼に好意を持つエレノアとの仲を取り持とうとしたりしました。

 

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4)薬の効用

セイヤーはL-ドーパを患者全員に投与しようとしますが、カウフマンは、多額の費用がかかるのを知り、消極的な答えしか出しません。

しかしながら、エレノアや他の看護師らがカンパを始め、セイヤーは、後援者にレナードの回復状況を見せて、資金の援助を得ることができるようになりました。

薬を投与された患者達は意志を取り戻し、病院内はうれしい騒動になってしまいます。

そんな時レナードは、患者の見舞いに来た女性ポーラ(ペネロープ・アン・ミラー)に恋してしまいます。

ポーラと話す機会ができたレナードは、自分を患者だと思わない彼女に、治療を受けていることを正直に話して戸惑わせました。

レナードを病院に残し、患者を連れて外出したセイヤーは、自分の趣味で植物園の見学に行きますが、患者達は飽きてしまい、ダンスホールへと向かい楽しい時を過ごしました。

 

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5)垂れこめる暗雲

ロウ夫人は、回復はしたものの、レナードが女性に興味を持ったことを知り動揺します。

ある日レナードは、より人間らしさを求めるために、独りで外出する許可を病院側に要求しました。

結局それは病院側に却下され、それを知ったレナードは怒りを露にして興奮してしまいます。そして、それをきっかけにして、ひきつけや偏執的な行動をとり始めました。

病院側と症状が悪化していくレナードとの狭間で思い悩むセイヤーは、助けを求めてきた彼を優しく見守るしかありませんでした。

回復していた患者は、自分達もレナードのようになるのではと不安を抱えます。

レナードは、自分を犠牲にして実験台になることを決心し、セイヤーにそれを伝えますが、痙攣は激しくなり、症状はさらに悪化し、ロウ夫人は息子の苦しみに心を痛めるのでした。

レナードは、自らポーラに別れを告げますが、彼女は優しく接し安らぎを与えようとしました。

やがてレナードは、以前のように意志を失ってしまいました。

 

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6)人間の魂

セイヤーは、レナードが回復した時の記録フィルムを見直しながら、「命を与えて、また奪うことが親切なことか」とエレノアに問いました。

エレノアは、「命は与え奪われるもの、あなたは親切な人だから、その辛さがわかる」と、セイヤーを慰めるのでした。

患者達は、レナードと同じく元の症状に戻り、ポーラは、その後もレナードに面会するために病院を訪れました。

セイヤーは、人間の魂と純真な心は、どんな薬よりも強いことを痛感するのでした。

そしてセイヤーは、エレノアの気持ちに応え、彼女をカフェに誘いました。


7)エピローグ

セイヤーとチームは、その後も新薬を用いながら脳炎患者のリハビリを続け、レナードら患者の多くには、短い目覚めがあったが、1969年の夏のような、劇的な事例は起きなかった。

 

3.四方山話

1)嗜眠性脳炎とは

セイヤーが患者に見つけた共通の病状の、嗜眠性脳炎(しみんせいのうえん)は流行性脳炎の1つで、1917年にコンスタンチン・フォン・エコノモによって報告されたことから、エコノモ脳炎ともいいます。

症状は、発熱、喉の痛み、頭痛、無気力、複視、身体的精神的反応の遅延、睡眠の昼夜逆転、緊張病などの症状によって特徴づけられ、多くは、後遺症として慢性的にパーキンソン症候群を示すことがあります。

原因は分かっていませんが、ウイルスまたは細菌による感染症と関係のある自己免疫疾患だとする意見があって、とりわけインフルエンザとの関連に着目されています。

治療は、特異的な治療法は存在せず対症療法によっています。本作で描かれたように、L-DOPAの投与によって慢性期の患者が劇的でしかし一過的な改善を示すことが知られています。

歴史的には、1915年から1920年代にかけて世界中で流行しましたが、ヨーロッパでは16世紀以降に何回かの流行があったと考えられています。


2)パーキンソン病とは

セイヤーが治療のヒントに思えたパーキンソン病とは、脳の黒質線条体の細胞が変性することにより、脳内ドーパミンが欠乏する病気です。

それにより小刻み歩行、手足のふるえ(振戦)、手足のこわばり(固縮)、動作の緩慢(寡動、無動)、転倒(姿勢反射障害)などの症状が現れます。40~50歳代から徐々に進行し、寝たきりの状態になる場合もあります。

治療としては脳内で足りなくなったドーパミンを補充したり、細胞の変性を抑えたりする薬物療法が有効となります。


3)本作に学ぶ

本作の原題は「awakenings」(目覚め)で、薬により症状が劇的に改善することを指します。精神神経医学の領域では数多くの薬が開発されていて、症状を劇的に変えることも珍しくありません。

しかしながら、「魔法の薬」と呼ばれたものも数多くありましたが、後になって作用の限界が指摘されています。このように一時期劇的に効果が生じますが、その後効果が減弱することを「目覚め現象」と呼ぶことがあります。

薬により、こころの症状があまりにも劇的に消失すると、患者は現実的なさまざまなストレスに一気にさらされてしまいます。それがかえって不安をかき立てるという患者もいて、症状が良くなったのはいいのですが、また同様の症状が出ると思うと怖くなってくるのです。

病気の回復は早いにこしたことはありませんが、精神科領域では治りが早いと再発しやすいと、いわれていたりもします。焦らず、じっくりと病気とうまく付き合いながら回復していくのが理想の治り方のようです。

本作の後半では薬の効果が減弱し、レナードは不随の筋肉運動などの副作用に直面します。セイヤーはその様子をビデオ撮影するなどして記録していくのですが、あまりの苦悶(くもん)の姿にひるんでしまいます。その時、レナードが言いました。「learn me」(おれから学べ)というのでした。


4.まとめ

本作には、涙腺を刺激させられた場面が多々ありましたが、中でも感動したのは、レナードへの試薬投与が有効に思われその他の患者に投与をセイヤーが提案するものの、予算的に無理だとされたところへ、エレノアや他の看護師らがカンパを始めた場面です。

患者と間近に接し、その回復を切に願う看護師たちが、セイヤー医師の真摯な患者への関わりに賛同したもので、彼を中心とした、善意の輪がそうさせたのです。

後に続く感動の名場面への見事な序章となりました。