映画『ラヂオの時間』抱腹絶倒!三谷幸喜初監督作にて傑作です!!
この映画『ラヂオの時間』は、1993年に劇団東京サンシャインボーイズにより上演された、三谷幸喜監督・脚本の演劇を、1997年に、同じく三谷幸喜の初監督作品として、フジテレビ製作、配給は東宝で、映画化されました。
目次
1.紹介
三谷幸喜にとってはゴールデンタイムで初めて脚本を手がけた連続テレビドラマ『振り返れば奴がいる』(1993年)は、織田裕二が天才的な腕を持つ悪徳外科医を演じたシリアスな作風の医療ドラマでしたが、三谷の意図に反し、喜劇的な要素が盛り込まれた脚本が、制作スタッフによってシリアスな作風へと書き換えられていってしまいました。そのショックを受けた経験から生まれたのが、『ラヂオの時間』です。
2.ストーリー
1)プロローグ
深夜、「ラジオ弁天」のブースでは、とあるラジオドラマが放送へ準備が進められていました。
とあるシナリオコンクールで入選した平凡な主婦、鈴木みやこ(鈴木京香)の戯曲が生放送で披露されることが決まっていました。
スタジオの中では、緊張した面持ちのみやこと、やんごとなき主義のプロデューサー牛島龍彦(西村雅彦)が様々な説明などをしています。その横でディレクターの工藤学(唐沢寿明)は、静かに耳を澄ませています。
そしてナレーションを入れる為に、アナウンサーの保坂卓(並樹史朗)は、個室ブース内で準備運動をしています。
戯曲の内容は、とある平凡な主婦と出会った猟師との恋が、熱海を舞台に繰り広げられるラブストーリーです。
軽いリハーサルも無事に終わり、皆は一度休憩に入りました。
2)人間模様
主人公、律子役は売れない演歌歌手の千本のっこ(戸田恵子)、いわゆる旬は過ぎていますが元スター歌手でした。しかしながら、この仕事は後輩のバーターだったらしく、初めから不機嫌そうな態度でした。この仕事も嫌々しているらしいのです。
そして、編成部長の堀ノ内修司(布施明)はのっこを褒めちぎり、スポンサーと電話ばかりしている男でした。
相手の猟師役、寅蔵こと浜村錠(細川俊之)は老年ではあるものの、かつては二枚目役者でした。仕事にプライドを持っていて、今回も難癖をつけるのっこが気に入らず、何でも「分かりました!」と頷いている牛島にも苛々していました。
そんな苛々の相手、牛島はというと不倫相手の永井スミ子(奥貫薫)とエレベーターでいちゃついていました。
そんな内情など知らないまま、リハーサルを見ただけで、みやこは自分の作品がラジオドラマとして放送される事にワクワクが止まりません。そんなみやこを冷たい瞳で見つめるのが、工藤でした。
3)無理難題
生放送への時間になり、保坂のナレーションを皮切りにラジオドラマが始まりました。
ところが、我侭なのっこは主人公の名前を「律子」から「メアリージェーン」に勝手に変更してしまい、理由は、女弁護士になりたかったからですと。のっこ曰く、律子は退屈で女弁護士のメアリージェーンの方が絶対に面白いと独断で決めたらしいのです。
みやこは驚き、牛島は調子よく「それでいきましょう!」と決め、工藤は早くも表情を渋らせています。
相手役の浜村は納得などいくはずがありません。
収録なら、多少変更できたでしょうが、この作品は生放送です。
メアリージェーンで、このまま進行するしかなくなってしまい、みやこにはメアリージェーンとしての脚本を修正する様に言いますが、戸惑ってしまい作業は進みません。牛島はこっそりと続きの脚本をバッキー(モロ師岡)という馴染みの構成作家に頼み、生放送を乗り切ろうと必死でした。
アメリカの女弁護士、メアリージェーンの話は続きますが、相手役の浜村は「寅像」という名前は釣り合いません、イヤだと言い出しました。仕方なく「マイケル・ピーター」になりますが、悔しい浜村は目先にあったハンバーガーでとっさに「ドナルド・マクドナルド」と名前を変えてします。面々は呆然としました。
もう脚本は原型を止めず、めちゃくちゃになっています。みやこは狼狽し、ラジオドラマの流れ通りにやってほしいとそれとなく伝えますが、牛島も堀之内もみやこの意見などどうでも良く、ラジオドラマは休憩を挟みつつ話し合いが持たれました。
呆然とするみやこに、工藤は誰もこの脚本の事なんて考えちゃいない、もし人を感動させるような仕事を望むなら、この仕事は辞めた様がいいと冷たく突っぱねました。
4)千変万化
ヒロインの設定が熱海からニューヨークに変えられた事から、ドラマの冒頭でマシンガンが鳴り響くことにまります。
だが効果音がすぐ見つかった訳ではありません。急な変更で音声CDなどがある保管室の鍵は閉められていて、どうにもなりません。工藤と効果マンの大田黒春五郎(梶原善)は廊下を走り回り、伝説の音効と言われた、今は警備員としている伊織万作(藤村俊二)を探し出し懇願しました。
だが頑なに彼は断りましたが、倉庫で昔使っていた音効器具が見つかった事から状況は一変し、急遽、スタジオ内で生の効果音を響かせるという、前代未聞の試みが行われていきました。
これでミキサーの辰巳真(田口浩正)は「マシンガンと言ったらシカゴだ!」とまた譲らず、熱海→ニューヨーク→シカゴとどんどん変更されて行きます。
どんどん変更する脚本作りが間に合わず、ベテランパーソナリティーの広瀬光俊(井上順)が繫ぎ役として10分くらい状況説明を織り交ぜた「ハインリッヒ」役として投入されました。
死にものぐるいで脚本が上がると、やっとラジオドラマは再開して、マシンガンの音からはじまり、メアリーとドナルドの恋は進んで行きました。当初の脚本では重要な役所だった丸山神父役の野田勉(小野武彦)の出番はどんどん削られていき、不安げな表情を浮かべていました。
シカゴの街で、どんどん血なまぐさくなっていくストーリー。すっかり、みやこは蚊帳の外で、バッキーが書き換えた無茶苦茶な脚本でした。
5)続千変万化
みやこの夫、四郎(近藤芳正)も妻を励まし、差し入れをしようと意気揚々とやってきたものの、みやこが書いた?という、あまりにアウトローな内容に閉口してしまいます。また不倫の話しということも聞き、こういう事を望んでいるのかと疑念も持ってしまいました。
ナレーションの保坂も、進まぬ脚本に苛々が募り眉間の皺も深くなります。そして、脚本の「穴」に気づいてしまいました。
このあと、律子(メアリー)は海に溺れている所を、虎造(ドナルド)に助けてもらうはずなのに、シカゴには海がないということにです。こうなると二人は永遠に出逢えないと判断したバッキーは、シカゴにある「ダム」を決壊させ、それに流された事で二人が出逢える!とまたまた脚本に口を出しました。
またかぁと思いながらも、雑誌を破る音をスローモーションで加工することでダム決壊の効果音を伊織から伝授してもらい、辰巳達は急いで完成させたのでした。
しかし脚本上、ドナルドは猟師ではなく、パイロットに設定を変えてしまったため、二人はやはり結ばれません。
ならば、もう会わなければいい、とのっこは言い、もうドナルドなんてどうでもいい、明日は明日の風が吹くのよ、と「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラみたいな結末でいいじゃない?と提言し、牛島も「それでいきましょう!」と決めてしまいました。
工藤は、たまらず堀之内達に口を出しました。これ以上脚本を変える事は、原作者の意に反する事になる、辞めるべきだと。
ところが牛島は、変えられないと一蹴されました。何故なら、千本のっこが望んでいるから!だと。
ドナルドは飛行機事故で消息不明になる案で通されますが、ラジオ局のスポンサーに航空会社も入っていた事からクレームが入り、堀之内の一声でドナルドは他のパイロットにさせることが言い渡される。バッキーはならば宇宙飛行士ならどうだ!と言い、承認されました。
6)切れたみやこ
また効果音が必要となり、何度も駆り出される伊織も「一体、何のドラマなんだ?」と訝しげです。
ドナルドが戻ってこないという結末にどうしても納得がいかないみやこは、ドナルドはメアリーと出会い、恋をして結ばれなくてはいけない、どんな変更にも耐えますが、それだけは変えないで下さいと必死に牛島に縋るが、相手にもされません。
みやこはとうとう泣き出し、何本かブースのケーブルを切断すると、生放送中のブースに閉じこもってしまいました。
「お願いですから、脚本通りに進めて下さい!」
それに驚き、開けろと叫ぶ牛島たち。堀之内は冷ややかに状況を見守っています。
「その案で流すなら、EDで私の名前は入れないで下さい」
とみやこは言いますが、牛島はそれはできないと一蹴しました。
「誰もが自分の望む様な仕事ができるわけではない、いつかは満足のできるものが作れると努力しているんだ!」
と言い、現場放棄するみやこの姿勢を、牛島は許せるはずがなかった。
「誰がなんと言おうと、これはあんたの脚本だ」
と言うと、みやこは項垂れスタジオを解放しました。実はスタジオ内にはのっこがいたのです。
7)逆襲
宇宙遭難の線で進んで行くラジオドラマで、既に居場所などない浜村は帰り支度を始めていました。
工藤もディレクターの権限を奪われた事で、ブースを追い出されますが、とある案を思いつき、誰もいないメイン音源室のブースから、牛島以外のメンバーと秘密裏に連絡を取りました。
大田黒と辰巳は工藤の案のため、密やかに行動を始めています。
大田黒は急いで浜村を引き止めにラジオ局を探しまわり、説得してブースに戻そうとしました。
ブース内では、クライマックスに入ろうとしていす。
のっこが一人で私は生きて行くわ、と黄昏れ、のっこの新曲(演歌)が流れる手はずになっていましたが、工藤の指示で皆が動き出します。
ナレーションの保坂は今までの鬱憤を振り払うかの様に、実に情熱的に空の彼方から、一隻の宇宙船が向かってくる!と語り、その宇宙船の上には愛しいドナルドが立っている!と物語を振りました。
辰巳が牛島を押さえつけ、工藤が席に座ると再びキューを振ります。
大田黒が無理矢理、引き戻した浜村をマイクの前に立たせました。
無言で嫌がる浜村に「頼む!」と気持ちを込めて一同見つめました。
すると浜村は観念した様に「メアリー・ジェーン!」と言う。のっこは納得がいかないが、大田黒の怒りの表情に観念したのか「お帰りなさい…」と言うのだった。
その時、セリフがないと思われた丸山神父こと、マルチン神父の最後のたった一言が功を奏しました。出番がないと思っていたが、まさかの事態に野田は喜びました。
かくして、物語はハッピーエンド。伝説の音効、伊織の花火で幕はおりました。
8)エピローグ
無事、ラジオドラマは終了し、鈴木夫婦も帰路につき、夫の四郎が「あの話はみやこの希望なのかい?」と不安げに聞きますが「あれは空想のお話で、今の生活の方が幸せよ」と笑顔を見せ、仲睦まじくラジオ局を後にしました。
牛島は工藤とラジオ局を後にしていましたが、一台の大型トラックが滑り込んできます。
トラックの運転手、大貫雷太(渡辺謙)は、あのラジオドラマをずっと聞いて、とても感動した!と言い、そのまま泣き崩れてしまいました。
そんな姿を見て、牛島はあのドラマの脚本の続編に乗り気になっていきます。
またか?こりゃ堪らないなぁと思いながらも、工藤もどこか気持ちよく帰路につくのでした。
3.四方山話
1)冒頭5分
映画のファーストシーンからおよそ5分間の長回しの中に役者の芝居を上手く組み込み、それぞれのキャラクターを見事に表現しています。キャラクターをはっきりさせた上で、そこにパニック要素を入れ込んでいくうまさがあります。
ここで、達者な劇団東京サンシャインボーイズの面々に井上順、布施明が達者にからんできます。もう、これだけで話が勝手に転んで行きました。
2)劇団東京サンシャインボーイズ
劇団名は、アメリカの劇作家のニール・サイモンの代表作「サンシャイン・ボーイズ」に由来します。1983年、日本大学芸術学部に在籍していた三谷幸喜を中心に旗揚げしました。
当初は名もない小劇団に過ぎなかったのですが、三谷幸喜の独特の感性による脚本、演出で次第にその評判を上げていき、「チケットのとれない劇団」とまでメディアにて言われるようになりました。
当時の演劇界において、喜劇といえばブラック・コメディが主流だった、ニール・サイモンの影響を受け、オリジナル脚本ではそれまでの日本にはほとんどなかった「ウェルメイド・プレイ」(毒は少ないが、洗練された喜劇)を上演することが特徴で、1990年代以降は、三谷がテレビドラマの脚本家として注目を浴びるようになり、団員たちも映像作品に進出しました。
3)井上順
1976年(昭和51年)から1985年(昭和60年)に 、『夜のヒットスタジオ』の男性司会者として最長の9年半の間、3代目司会を務め、干支が一回り上の芳村真理と絶妙なコンビネーションで番組黄金期を築きました。茶化し、に徹しつつエンターテイナーとして出演者を鼓舞する井上の司会に、当時学生の三谷幸喜は感銘して、映画監督デビュー作の『ラヂオの時間』で「『夜ヒット』の井上順」をほうふつさせるキャラクターを登場させ、これを井上本人が演じました。
4)布施明
エンドロールで流れるテーマ曲「no problem」は、劇中に登場する軽薄極まりない八方美人な編成部長の堀ノ内修司に扮した布施明が歌っています。
この曲では、「千本のっこが笑っていれば僕は満足」と歌いつつ、千本のっこを「あのアバズレが」とも歌い、うっぷんを晴らしています。最後まで手を抜かず、ぶれずに笑いを追求する三谷監督の姿勢がここからもかがえます。
ちなみに堀ノ内の風貌面でのモデルは、当時フジテレビの編成部長だった亀山千広(後に社長)です。
4.まとめ
後の三谷映画の常連俳優たちが顔を揃えており、“礎”はここにあると言っていいでしょう。唐沢寿明や西村雅彦(現・西村まさ彦)はもちろんですが、2017年に他界する大ベテランの藤村俊二が終盤に見せた芸達者ぶりには目を見張らせられました。