凸凹玉手箱

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映画『ホタル』激動の昭和を生き抜いた特攻隊の生き残りである男と、その妻の人生を描く人間ドラマです!!

この映画『ホタル』は、2001年公開の高倉健主演、田中裕子共演による、東映創立50周年記念作品です。

目次

 

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1.紹介

降旗康男監督と高倉健が『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)に続いて再び手を組んだ人間ドラマです。脚本は、降旗監督と『義務と演技』の竹山洋の共同で、撮影を『鉄道員』の木村大作が担当しています。

昭和から平成に替わった頃、昭和の時代の終焉と共に、特攻隊の生き残り、知覧の母、異国で果てた若者などの情念を携えて元特攻隊の生き残りの男が余命幾ばくも無い病を抱えた妻と共にある場所へ旅に出ます。


2.ストーリー

1)プロローグ

桜島を望む鹿児島県のとある港町で、元特攻隊員の生き残りである山岡秀治(高倉健)はこの日も愛用の漁船「とも丸」の上から養殖カンパチの生簀に餌を撒いています。その船には妻の知子(田中裕子)が同乗しており、夫の仕事を見守っています。二人には子はなく、この「とも丸」を我が子のように大事に乗り次いできました。

知子は腎臓の病で人工透析が必要な身体になっており、そのことがきっかけで山岡は沖合の漁から養殖業に鞍替えしたのでした。

 

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2)戦友の死

1989年、昭和が終わり、平成が始まった頃、山岡は同じく特攻隊の生き残りだった藤枝洋二(井川比佐志)という男が亡くなったたという知らせを聞きました。

青森に住んでいた藤枝は毎年のように山岡にリンゴを送っていただけに、山岡は深い衝撃を受けました。

数日後、藤枝の孫の真実(水橋貴己)が山岡の元を訪れました。真美は藤枝の遺品のノートを携えています。そしてそこには藤枝の想いが綴られていました。

山岡からのリンゴへのお礼の手紙を受け取る度に「生きろ」と励まされているように感じたこと、そして昭和が終わり自分の役目は終わったというようなことがありました。


3)知覧の母の依頼

数日後、山岡はかつて特攻隊員から「知覧の母」と呼ばれて慕われていた富屋食堂の店主・山本富子(奈良岡朋子)から、特攻で命を落とした金山文隆少尉ことキム・ソンジェ(小澤征悦)の遺品である故郷のお面飾りのついた財布を韓国の実家に届けてほしいと託されます。

 

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折しも医師から知子の余命がわずか1年半と宣告されていて、山岡は最期の思い出作りにと知子を同伴させることを決めました。

戦時中、知子(笛木優子)は金山と婚約していました。山岡(高杉瑞穂)は金山から遺言を託されていました。当時はそんな遺言ですら検閲される時代であり、金山は特攻が特攻に残してどうするなどと言いながらも、口頭で山岡に言い遺していたのです。

遺言の内容は、自分は当時韓国を併合していた大日本帝国のためではなく、知子や実家の家族、そして朝鮮民族の誇りのために闘うのだということでした。

 

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4)韓国へ

知子を伴って韓国を訪れた山岡は金山の実家を探し当てますが、なぜ金山が死に日本人である山岡が生き残ったのかと山岡を責めます。

 

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しかしながら、山岡が金山の遺言を伝えると遺族は山岡を責めるのを止め、遺品を受け取りました。するとどこからともなく朝鮮民謡「アリラン」が聞こえてきました。それはまさしく金山を追悼するかのようではありました。

山岡は知子に、今まで金山の遺言を伝えなかったことをあやまると、知子は「ありがとう」と泣きながら寄り添いました。二人は空を舞うホタルを見つめました。それはまるで金山の想いがホタルとなってやってきたかのようでした。

 

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5)エピローグ

それから月日が流れた21世紀のある日。年老いた山岡は、太平洋を望む海辺にて、役目を終えた「とも丸」が炎に包まれる様をひとり見つめていました。

 

 

 

3.四方山話

1)季節外れ

戦死者の想いを載せて舞来る「ホタル」をタイトルにもってきていて大変ロマンチックですが、最初に宮川軍曹のホタルが富屋食堂に飛来したのは、8月初旬頃とすればなんとか。エンディングの金山少尉のホタルは真冬で、とってもホタルの季節ではありません。

従ってこの「ホタル」はまさにファンタジーにほかならず、映画『ホタル』の薬味効果で用いられているように思えます。 


P.S. 日本を含む東アジアにおいて、蛍の成虫は必ずしも夏だけに出現するものではなく、例えば朝鮮半島、中国、対馬に分布するアキマドボタルは和名通りに秋に成虫が発生します。西表島で発見されたイリオモテボタルは真冬に発光します。


2)知覧の母の事実

おそらく、映画の企画の出発点となったであろうここだけを中心に描いても十分1本の映画になったでしょう。

特攻隊の面倒を見た“知覧の母”奈良岡朋子の演技が凄すぎます。まず良い意味での計算違いになってしまってストーリーの芯がずれました。

映画の中に鳥濱トメをモデルにした奈良岡朋子が演じるところの富子に、特攻隊員を「殺したんだよっ」と絶叫させる場面がありますが、ここは、戦後その慰霊のために生涯を捧げた鳥濱トメの口からは出ることのない政治的メッセージに満ちた言葉であり、鳥濱トメの加害性すら感じさせてしまいます。事実とは異なった脚色のようです。


3)朝鮮人の特攻隊員

最も重たい朝鮮人兵士に関して、日本映画として初めて韓国へロケに行ったのに、ラブストーリーの中のエピソードであれば、もったいない話です。

本作の中の金山少尉は、朝鮮出身の光山文博少尉(卓庚鉉)ではないでしょうか。

光山少尉は京都薬学専門学校を卒業し、陸軍特別操縦見習士官を志願してパイロットになり、特攻戦死しました。出撃前夜、あの冨屋食堂の鳥濱トメさんにアリランを歌ったそうです。

太平洋戦争において、朝鮮出身の若者が14名も特攻で死んでいます。一番若かったのが陸軍少年飛行兵出身の大河正明伍長(朴東薫)で、18歳。「日本人はウソつきだ。俺が特攻で死んだら親、兄弟もチョーセン、チョーセンと馬鹿にされないだろう。朝鮮人の根性を見せてやるのだ」と出撃していきました。


4.まとめ

上官の許嫁を嫁にした山岡とその妻に、戦友の自殺が引き起こした、それぞれの情念の絡み合いですね。

良心的に作られた映画であることは分ります。良心的ということと映画の出来とはまた違うわけで、傑作になりそうでならなかった一番の要因は、「知覧の母」を描くのか、特攻隊として戦死する朝鮮人兵士を描くのか、高倉健夫婦の日常を描くのか、焦点が絞りきれていないように思われます。

もちろん3つとも描きたかったのでしょう、特攻隊の生き残りの男の物語の中のエピソードに違いないのですが、それぞれのできが良すぎ、そして重たすぎてベクトルがずれてしまったようです。