映画『人生の特等席』これぞ!老優イーストウッドの珠玉の名品です!!
2008年の監督・主演作の『グラン・トリノ』で事実上の俳優引退宣言をしていたクリント・イーストウッドが、4年ぶりに銀幕スクリーン復帰を果たしたドラマです。
目次
1.イーストウッド組
『マディソン郡の橋』(1995年)以来17年にわたり、イーストウッドから映画製作を学んだロバート・ローレンツがメガホンをとり、イーストウッドが自身の監督作以外で俳優に徹した主演作としては『ザ・シークレット・サービス』(1993年)以来19年ぶりとなりました。
撮影のトム・スターン、美術のジェームズ・J・ムラカミら、イーストウッド組のスタッフが集結しています。
2.俳優イーストウッド復活
「俳優業はもうしないと思ったことがあったが、今回は面白い役が回ってきたからやってみた」とイーストウッドが言う通り、今回はメガホンはとらずにその“面白い役”に全力投球。非監督作、俳優に徹し、監督という重責から解放されて演技そのものを楽しんでいるような姿に、観ているこちらまでが微笑んでしまいます。
3.監督デビュー作品
イーストウッドが「この脚本の素晴らしいところは、皆が共感できること」と語った、「親と子のジレンマ」をテーマに本作を撮り上げたのは、今回が初監督となるロバート・ロレンツです。
初めての監督がなぜイーストウッドのような大物を?と疑問を感じた者も少なからずいるかもしれませんが、彼こそがイーストウッドの長年の製作パートナー。『マディソン郡の橋』以来、イーストウッドの製作プロダクション、マルパソ・プロの助監督で、プロデューサーとして数々の作品に参加し、『ミスティック・リバー』『硫黄島からの手紙』ではアカデミー賞ノミネートの栄誉を受けている、イーストウッドの「右腕」、そして巨匠のもとで映画製作のノウハウを学んだ、自他ともに認める「正当後継者」なのです。
イーストウッドは、ロレンツがプロデューサーとして紹介してきた本作を、「君がやった方がいいんじゃないか?」とロレンツの初監督作に進言しました。長年連れ添い、自身のスタンスを熟知している相手だからこそ、イーストウッドは俳優に徹することを選び、そしてロレンツのデビューに華を添えたとも言えるのでしょう。
4.ストーリー
大リーグの伝説的なスカウトマンとして知られるガス・ロベル(クリント・イーストウッド)は、年齢による視力の衰えを隠せず、その手腕に球団フロントが疑問を抱き始めます。
苦しい立場のガスを、長年離れて暮らしていたひとり娘のミッキー・ロベル(エイミー・アダムス)が手助けすることになりました。父と娘が久々に対じすることにより、秘められた過去と真実が明らかになってきます。
アトランタ・ブレーブスの老スカウトのガスが、ノースキャロライナの高校生をドラフトのために見にいきます。あとを追うのは、長い間疎遠だった娘のミッキーです。ガスは仕事をまっとうできるのか、父娘の間柄は修復可能できるのでしょうか。
5.みどころ Part1
こすっからい同僚がガスの立場を否定し、古くからの友人が親身にかばう、追い詰められて、最後は、娘が意外な逆転ホームラン。完全に想定内の展開になってはいます。
しかしながら、この映画は楽しめるのです。話の先は読めても、イーストウッドの肉体が、ちょっと予想外の表情を覗かせるからです。
小便が出なくてうなる場面、亡き妻の墓前で「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の歌詞をつぶやく場面、酒場で娘にからんだ男の胸ぐらをつかむ場面等々です。
少しずつ、ほんの少しずつですが、イーストウッドは観客の意表をついてきます。「老人」という先入観に頭を占拠されている観客に、老骨の渋さと強さをさりげなく覗かせるのです。
こうした不良老人は得意とするところだと思いますが、本作には彼が堂々と肯定する形で古き良きアメリカの姿がたくさん出てきます。
その気配が、やはり並の俳優ではありません。それに応えて、助演の俳優たちや製作スタッフが嫌な気配を出しません。そんな彼らを信じたのか、新人監督ロバート・ロレンツも、はしたない手つきを見せません。
まあ、イーストウッドに物申せる者もいないでしょうが、監督やスタッフを認める彼も偉大なボスなのでしょう。
6.みどころ Part2
イーストウッド組、侮るべからず。なかよしクラブではありません。映画は、深い真実を掘り当てなくても、小さな真実を見せてくれるだけで十分なときがあるのです。口当たりのよさよりも後味のよさをねらっているようにも感じられます。
それは郊外の野球場ののんびりした風景だったり、成功を夢見る貧しい若者の純粋な姿だったり、ジャンキーだがうまそうな料理だったりと多岐にわたります。
現代的な大都会を舞台に、生き馬の目を抜く弁護士業界で出世にやっきとなる娘と対比することで、そうしたものの魅力をさらに強く感じさせています。キャラクターたちの服装も、どこか昔を感じさせるデザインのものを多用しています。
7.みどころ Part3
主人公が、球団のお偉方の前でも臆せず堂々と意見を主張するクライマックスの場面は、確固たる信念で突き進んだ迷いなき時代のアメリカ賛美そのもので、これには思わずぐっときます。じつに格好いいのです。
まったくもってお約束の展開ですが、どれも飽きが来ることがありません。不満を覚えないどころか、進んで「もう一度」という気分になってきます。これは、まんまとイーストウッドの術中にはまってしまっていました。
終盤、新人を見つける急展開や、娘の野球に対する慧眼ぶりは、かなりご都合主義的な感もありますが、今より昔のアメリカ映画のほうがよかったと感じている人にってこの映画は、久々に高揚感を与えてくれるはずです。
さすがに、愛弟子のためというだけでなくクリント・イーストウッドが物語に惚れ込んで久々に主演を張った映画に違いありません。
8.まとめ
イーストウッド作品といえば、鋭い視点からじっくりと人生をとらえるイメージが強いのですが、本作はメガホンを後進に託している分、語り口は軽やかで、ラストにはさわやかさと痛快さが待ち受けています。
愛する妻を亡くし、幼くして離ればなれになってしまった父と娘が、不器用に反発しあいながらも徐々に心を通わせていきます。
笑って泣いて、グッと手にも力が入るという展開は、誰もが楽しめる温かさと優しさに満ち、そして大人の映画ファンに上質な感動をもたらすのでした。