映画『コラテラル』トム・クルーズばかりではありません?!
さて、「コラテラル」(collateral)とは一体どういう意味なのでしょう?
辞書を引いてみると、相並んだ、付帯的な、副次的な、間接的ななどという意味が出てくるのですが、映画の字幕の中では、「コラテラル」に巻き添えってルビが振ってありましたが、さすがですね。見事にいい当てています。
しかしながら、「巻き添え」をくったのは、タクシードライバーのマックス(ジェイミー・フォックス)であって、殺し屋のヴィンセント(トム・クルーズ)でも、最後の標的の検事アニー(ジェイダ・ピンケット=スミス)でもありません。
となると、主役はマックスであってもいいわけです。見方をかえれば、タイトル「コラテラル」に対して充分な説得力もあり、ストーリーの上での役柄、ジェイミー・フォックスの演技も申し分ありません。
事実、ジェイミー・フォックスはこの映画でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされています。トム・クルーズがハードボイルドタッチの渋い静の演技であるのに対し、静・動相まみえてにぎやかにこなしていて、見事に好対照です。
ほぼこの映画の登場人物はこの二人なので、みごとにバランスの妙となっています。ちなみにジェイミー・フォックスはこの年『Ray/レイ』でアカデミー賞主演男優賞を受賞し、さもありなんですね。
さて、これまでトム・クルーズが演じるのはトップガンのように、我儘なのですが最後には結果を出してしまうヒーローを演じることが多かったですが、今回はこの作品まで演じることがなかった、根っからの悪人役です。
まったく表情を変えずに人を殺していく姿には違和感がないどころか、ピッタリ嵌っています。今回は派手なアクションがない代わりに特に光るのは拳銃さばきです。
わざわざイギリス空軍の特殊部隊にレクチャーしてもらったという銃の扱い方は、彼にとって間違いなく過去最高のものでしょう。トムクルーズのまた違った実力を見せつけられ「スーパースター」のスーパースターたる所以ですね。
殺し屋ヴィンセントは、平気で人を殺す嫌な奴ですが、なぜか強い魅力があります。それはこの男が、「最も優先すべきことに一切の迷いなく最短距離で進む」という、成功者のセオリーを体現している人間だからでしょう。
これに対してタクシードライバーのマックスの方は、夢ばかり見ていて結局何も出来ない典型的な負け犬です。しかしながら、それでも人間味溢れるいい奴であり、別の種類の魅力があるのです。
マックスの性格はヴィンセントとは正反対で、優しすぎるところに特徴があって、ジェイミー・フォックスの演技からはそんな優しい人が放つ独特の雰囲気が伝わってきました。夢があるのに叶えようと本気で行動できていない人を見事に表現しています。
この二人は、それぞれ成功者と敗北者を象徴していますが、映画を観る人は大抵、ヴィンセントかマックスの2つのうちどちらかに当てはまるでしょう。そしてこの二人の一夜が天国と地獄に分かれてしまうのは世の中の仕組みを具現しているようにも思え、良し悪しはともかく、どちらの立場ににもなりうる怖さも感じました。
とはいえ、決して硬いばかりの映画ではなく、会話の応酬はユーモアに溢れ、ウィットに富んだ笑いもたくさんあります。
この映画でメインとなるのはたった二人であって、「トム・クルーズ主演映画」という看板を見て劇場に入ってくる人々のために作られたような映画で、それで充分良いのですが、「ジェイミー・フォックスがいてこそでっせ!」ともいいたいのです。